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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(オ)404号 判決

上告人 国

代理人 菊池信男 篠原一幸 岡部貞美 ほか六名

被上告人 一場保一 ほか一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人柳川俊一、同篠原一幸、同藤村啓、同岡部貞美、同東條敬、同梅村裕司、同木下秀雄、同下村弘之、同川野義孝の上告理由について

一  原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  訴外新井光史及び同島田昌紀は、過激な武力革命思想に共嗚し、東京都練馬区大泉学園町陸上自衛隊朝霞駐とん地(以下「本件駐とん地」という。)に侵入して銃器等を奪取しようと企て、昭和四六年八月二一日午後八時三〇分ころ、新井が二等陸尉の階級章を付けた制服及び幹部の制帽を着用し、島田が一等陸士の制服及び略帽を着用して、それぞれ自衛官に変装したうえ、島田の運転するレンタカー(以下「本件車両」という。)に新井が同乗して同駐とん地の正門に乗り付け、その制服等によつて幹部自衛官とその随従者であると誤認した営門の警衛勤務者からとがめられることなく本件車両に乗車したまま正門を通り抜けて同駐とん地内に侵入し、広場に右車両を停車させたのち、同日午後八時四五分ころ、折から動哨勤務中の陸上自衛隊東部方面第一武器隊所属の訴外一場哲雄陸士長(当時満二一歳、以下「一場士長」という。)と遭遇し、挙手の礼をした同人に対し、新井がいきなり手挙でそのみぞおちを欧打し、島田が所携の包丁で右側胸腹部を二回突き刺し、まもなく同所付近において右刺創による胸腔内出血等により同人を死亡させた(以下「本件事故」という。)。

2  過激な新左翼集団は、昭和四三年ころから武力闘争を呼号し、複数の過激派活動家が、反軍闘争を掲げ、武器獲得のため、昭和四五年六月までの間に、防衛庁のほか、陸上自衛隊の大久保駐とん地、市ヶ谷駐とん地、日本原駐とん地、善通寺駐とん地、都城駐とん地、駐とん地赤羽地区、武器補給処十条支処など八か所の諸施設に相次いで侵入し、あるいは火炎びん、爆発物を使用してこれを襲撃するなどの行為を反覆し、昭和四六年二月一七日未明には、銃砲店を襲撃して散弾銃等を強奪し、次いで同年六月一七日夜、過激派デモ隊が警備中の警視庁機動隊に手製爆弾を投げつけて警察官多数に重軽傷を負わせた。

3  新井は、本件事故の約五か月前まで本件駐とん地に一等陸士として勤務し、同駐とん地における営門警備の取扱いを熟知していたところから、島田と共に、幹部自衛官とその随従者を装つて同駐とん地に不法侵入すべく、あらかじめ同駐とん地内の売店から購入するか窃取するなどして前記制服等を調達し、本件車両に赤衛軍と表示したヘルメツト二個、赤衛軍のビラ多数及び前記包丁一丁を隠し入れたバツク、奪取した武器を隠匿するための人形等を積載し、本件車両の前部ナンバープレートを取り替えたり、後部ナンバープレートを折り曲げて見えにくくするなどの隠ぺい工作もしていた。

4  ところで、駐とん地司令は、駐とん地警衛の最高責任者として、上司の指揮監督のもとに駐とん地の警備、隊員の規律の統一等に関する職務権限を有し(駐とん地司令及び駐とん地業務隊等に関する訓令五条)、警備勤務要領の細部を定めることができ、陸上自衛隊服務規則の定めるところに従い、所属隊員の中から警衛司令をはじめ、分哨長、営舎係、歩哨係、歩哨等の警衛勤務者を命ずるものとされていた(同規則五五条)。そして、警衛勤務者は、警衛司令の直接の指揮を受け、主として駐とん地の警戒及び営門出入者の監視に任じ、あわせて営内における規律の維持等に当たるものとされ(同規則五一条、五四条、五五条、六〇条)、幹部及び准陸尉(私服の場合は身分証明書を所持するもの)並びにそれらの随従者等所定のほかは営門の出入をさせてはならず(同規則六二条二項)、営門を出入する車両及び隊員に対して特別の必要があるときは、積載又は所持している物品等について点検を行うことができ(同規則六二条三項)、不法に営内に立ち入る者がある場合においては、これを退去させなければならないとされ(同規則六三条)、営門出入車両の点検及び記録は警衛司令の日常の業務の一つにも挙げられていた(陸上自衛隊服務細則一三四条一項九号)。

5  更に、本件駐とん地司令は、同駐とん地私有車両管理規則を定め、私有車両の保有使用を部隊等の長の許可にかからしめ、その保有者に対し、同駐とん地内使用許可証(以下「使用許可証」という。)又は右許可を得ていない車両と区別するためのステツカー(以下「ステツカー」という。)を当該車両に掲示させるようにし、また、同駐とん地警衛勤務規則を定め、検問所に部内及び部外の各車両出入記録簿を備え付けさせ、車両の出入時刻、車両番号等を記録すべきものとしていた。そして、営門の警衛勤務者は、同駐とん地における警衛勤務要領の指導に当たつていた上司の指導により、営門出入車両が右いずれの掲示もしていないときは、それに乗車する者が制服自衛官であつても、営門の警衛勤務者において身分証明書の提示を求め、部外車両出入記録簿に所要事項を記録すべきものとされていた。

6  しかし、本件事故当時、本件駐とん地内には、陸上自衛隊東部方面武器隊のほか各種部隊及び教育隊が駐とんし、輸送学校、体育学校なども併設され、総勢三〇〇〇名の自衛官が常駐し、幹部自衛官が約四五〇名いたところ、本件駐とん地の営門の警衛勤務者は、従来、車両による営門出入者については、着用する制服、制帽、階級章により外観上幹部自衛官と見える者である限り、その随従者を含め、身分証明書の提示を求めず、当該車両及び搬出入物品の点検も原則として実施しない取扱いをしていたものであつて、警衛勤務者のかかる取扱状況は、同駐とん地で自衛隊員としての勤務経験を有する者であればこれを了知しており、そうでない者でも、営門付近で右状況を観察すれば容易に了知することができた。更に、自衛隊員ばかりでなく部外者も、同駐とん地内の売店や出入業者から身分証明書などの提示を要することなく陸上自衛隊の制服、制帽等を自由に購入することができ、また、本件事故の発生前に、同駐とん地内において自衛隊員の制服及び幹部自衛官の制帽の盗難も発生していた。

7  本件事故当日は、本件駐とん地警衛司令渡辺道男の指揮のもとに一場士長を含む警衛勤務者総勢二五名をもつて、午前八時三〇分から翌日午前八時三〇分までの二四時間勤務で営門出入者の監視、駐とん地内の所定場所における歩哨等の警衛の任に当たり、一場士長は、正門より東門に至る動哨経路を巡察中、本件事故に遭遇したものであるが、営門の警衛勤務者は、新井らが乗り付けた本件車両の入門時刻が午後八時三〇分ころであるうえ、右車両自体、使用許可証及びステツカーが掲示されていない部外車両で、隠ぺい工作も施されるなど、不審な情況があつたにもかかわらず、その入門に際し、同人らに身分証明書の提示を求めず、右車両及び搬入物品の点検、部外車両出入記録簿への記録もしなかつた。

8  本件駐とん地司令近藤又一郎は、本件事故に先立ち、自衛隊上層部から、過激派活動家の侵入ないし襲撃に備え警備を厳重にするよう示達を受けていたが、幹部自衛官の制服等の着用によるかかる活動家の不法侵入を未然に防止するため、営門の警衛勤務者に対し、直属の上司等面識のある幹部自衛官以外の者については、階級章を付けた制服等の着用により外観上幹部自衛官と見える者であつても、その営門出入の際の身分確認、出入車両及び搬出入物品の点検などを必ず実行させる措置を講ずることなく、平隠な情況を前提とした従来の警衛の取扱いを踏襲していた。

二  国は、公務員に対し、その公務遂行のための場所、施設若しくは器具等の設置管理又はその遂行する公務の管理に当たつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つているところ(最高裁昭和四八年(オ)第三八三号同五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四三頁)、国の安全配慮義務は、国が公務遂行に当たつて支配管理する人的及び物的諸条件から生じうべき危険の防止について信義則上負担するものであつて、その具体的内容は、公務員の職種・地位、現に遂行する具体的な公務の内容、その具体的な状況等によつて定まるべきものである。したがつて、国は、自衛隊員を駐とん地内の動哨勤務に就かせる場合であつても、公務の遂行に当たる当該具体的状況のもとにおいて、制服等の着用により幹部自衛官を装つた部外者が営門から不法侵入し、かつ、動哨勤務者の生命、身体に危害を及ぼす可能性を客観的に予測しうるときは、営門出入の管理を十全にしてその侵入を防止し、もつて、同人にかかる危険が及ぶことのないよう配慮すべき義務を負うものと解するのが相当である。けだし、およそ駐とん地内で動哨として勤務する自衛隊員は、規律維持等のほか、外部からの不法侵入に備えるべき職責を負い、その職責には生命、身体に対する危険が多かれ少なかれ不可避的に内在していることを否定することはできないが、外部から区画された施設内での警衛を分担する複数の公務遂行者の一員であることに鑑みると、前述のような手段、方法による営門からの不法侵入者により惹起されるべき動哨勤務者の生命、身体に対する危害の可能性は、その職責に不可避的に内在している危険の限界を超えるものというべく、国は、公務の遂行を管理する者として、かかる危害の可能性をあらかじめ客観的に予測しうる限り、これを排除するに足りる諸条件を整えるべき義務を免れないからである。

本件において、前示事実関係によれば、本件事故当時、既にその三年ほど前から過激派活動家が武器獲得を目的として各地の陸上自衛隊駐とん地に度々侵入し、本件駐とん地にあつても、自衛隊上層部から本件駐とん地司令に対しこれに備えた厳重警備をすべき旨示達されていたのであり、また、部外者も同駐とん地から陸上自衛隊の制服、制帽等を容易に入手することができ、その盗難も発生していたところ、前示のような本件駐とん地私有車両管理規則及び警衛勤務規則が定められていたとはいえ、現実には、数百名に達する幹部自衛官を擁していた同駐とん地における営門警衛の取扱いとして、車両による営門出入者が着用の制服等により外観上幹部自衛官と見える者である限り、その随従者を含め、身分証明書の提示を求めず、当該車両及び搬出入物品の点検も原則的に実施していなかつたものであつて、かかる取扱状況は、同駐とん地の勤務経験者であればこれを了知しており、部外者も容易に了知することができた、というのである。そうすると、本件駐とん地警衛の最高責任者たる本件駐とん地司令及びその命を受けて警衛勤務者を直接指揮し営門出入者の監視等の任に当たる本件警衛司令とすれば、制服等の着用により幹部自衛官を装つた過激派活動家が営門から不法侵入し、かつ、動哨勤務者の生命、身体に危害を及ぼす可能性も、客観的にこれを予測しえないものではなかつたというべく、本件駐とん地司令としては、かかる事態を未然に防止するため、営門の警衛勤務者に対し、車両による営門出入者が着用の制服等により外観上幹部自衛官と見える者であつても、その営門出入の際の身分確認、当該車両及び搬出入物品の点検などを必ず実行させる措置を講ずべきであり、また、本件警衛司令としては、警衛勤務者を直接指揮し、警衛の方法に関する所定の準則を遵守して前示のように不審な情況のあつた本件車両が営門から不法侵入するのを防止すべきであつたというべきである。したがつて、上告人には、本件駐とん地司令及び本件警衛司令を履行補助者として、営門出入の管理を十全にして前示不法侵入を防止し、もつて動哨勤務中の一場士長の生命、身体に前示危険が及ばないよう保護すべき安全配慮義務の不履行があつたものといわざるをえず、前記事実関係からすると、上告人においてこれを履行していれば、本件事故の発生を未然に防止しえたというべきであるから、右事故は、上告人の右安全配慮義務の不履行によつて発生したものということができ、上告人は、右事故によつて被害を被つた者に対しその損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

三  以上と同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の認定にそわない事実又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 安岡滿彦 伊藤正己 長島敦 坂上壽夫)

上告理由

第一 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな安全配慮義務についての法令の解釈適用の誤り又は理由不備の違法がある。

原判決は、本件駐とん地から銃器などを奪取しようとして自衛官に変装し正門から同駐とん地内に侵入した過激派活動家二名が同駐とん地内の輸送学校整備班建物付近の路上を歩行中、たまたま、動哨経路を巡察中であつた訴外亡一場士長(以下「一場士長」という。)が右両名と遭遇し、両名に対し挙手の礼をしたのに対して、いきなり同士長のみぞおちを手挙で殴打し、所携の包丁で同士長の右側胸腹部を突き刺して死亡させたという事故(原判決六丁表四行目から七丁表七行目)について上告人の安全配慮義務違反の責任を認めたものであるが、それが誤りであることについて以下に述べる。

一 原判決は、まず、駐とん地司令を履行補助者とする上告人の安全配慮義務について、「本件駐とん地司令は過激派活動家の活動状況、とくに自衛隊駐とん地への度々の侵入、自衛隊の制服、階級章等が入手容易であつたこと、本件駐とん地において徒歩の幹部自衛官及びその随従者は制服を着ている限りは身分証明書の提示を要しなかつたこと等の事実から、過激派活動家の本件駐とん地に対する幹部自衛官の制服着用による不法侵入を予想し<中略>、数百名の多きに達する幹部自衛官を擁していた本件駐とん地の状況に鑑み、営門の警衛勤務者に対して、直属の上司等面識のある幹部自衛官以外の者については、幹部自衛官の階級章を付け制服、制帽を着用して外観上幹部自衛官と見える者に対しても、営門を出入りする際、原則として身分証明書の提示を求めて身分の確認を徹底させるようにし、また、陸上自衛隊服務細則一三四条一項七号及び九号による営門出入者の所持する私物品、出入車両及び搬出入物品の点検に関し、朝霞駐とん地警衛勤務規則に具体的な警衛勤務要領を定めまたはこれについて適切な指示、命令をし、もつて、自衛隊幹部でない者が自衛隊幹部の制服を着用し幹部をよそおつて営門から不法侵入することがないように営門の出入を管理すべき注意義務があつた」(原判決一六丁裏五行目から一七丁裏五行目)と判示している。

しかしながら、原判決の右判断は、以下に述べるように、理由不備の違法を犯し、かつ安全配慮義務についての法令の解釈適用を誤つたものであつて、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

1 国が国家公務員(以下「公務員」という。)に対して負う安全配慮義務は、「国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務」(最高裁判所昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四五ページ)であるが、その具体的内容は、「公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであり、自衛隊員の場合にあつては、更に当該勤務が通常の作業時、訓練時、防衛出動時(自衛隊法七六条)、治安出動時(同法七八条以下)又は災害派遣時(同法八三条)のいずれにおけるものであるか等によつて異なりうべきもの」(同判決・民集二九巻二号一四六ページ)であるとされているのである。

したがつて、本件において、一場士長に対する上告人の安全配慮義務の具体的内容を考えるに当たつても、同士長の職務の性質、内容並びに本件事故当時における具体的状況等を踏まえ、当時、一場士長の職務遂行上いかなる具体的危険が存在したかを明らかにした上で、そのような具体的危険に対する安全配慮義務としていかなる措置を構ずべきであつたかが検討されなければならない。

2 しかるに、原判決は、本件駐とん地司令を履行補助者とする上告人の安全配慮義務の根拠として、〈1〉過激派活動家の活動状況、特に自衛隊駐とん地への侵入状況、〈2〉自衛隊の制服、階級章等が入手容易であつたこと、〈3〉本件駐とん地において徒歩の幹部自衛官及びその随従者は制服を着ている限りは身分証明書の提示を要しなかつたこと等の事実から、過激派活動家の本件駐とん地に対する幹部自衛官の制服着用による不法侵入を予想することが可能であつたということを掲げるのみで、右不法侵入の結果として、一場士長の職務遂行上いかなる具体的危険が生ずるのかについては何ら判示していない。しかし、本件において問題とすべき安全配慮義務の具体的内容は、前述したように、一場士長の職務遂行上同人の生命に対しいかなる具体的危険が存在したかであり、これを前提とし、その防止に向けられる具体的注意義務の内容が設定されなければならないのである。したがつて、原判決の右判断は、右注意義務の前提となる具体的危険性の有無、内容についての判示を全く欠いている点で、理由不備の違法があるといわなければならない。

ちなみに、過激派活動家が自衛官の制服を着用して本件駐とん地に不法侵入したとしても、そのことによつて直ちに駐とん地内の自衛隊員が殺害されるというような危険な状態が発生するとは限らないのであつて、そのような異常事態が発生するのは、不法侵入の後に生ずる様々な偶然の因子が重なつた結果であるといわなければならない。したがつて、仮に「過激派活動家の本件駐とん地に対する幹部自衛官の制服着用による不法侵入」が予見可能であつたとしても、このことをもつて直ちに一場士長の職務遂行上生命の具体的危険が生じたものと予見すべきものではなく、またそのように予見することは不可能なことである。なお、原判決は、過激派活動家による陸上自衛隊駐とん地等自衛隊施設への侵入事例として、昭和四三年九月二二日の立川基地侵入、同年一〇月二〇日の防衛庁侵入、昭和四四年九月二三日の大久保駐とん地侵入、同年一一月八日の日本原駐とん地侵入、昭和四五年六月一七日の善通寺駐とん地侵入の各事件を掲げている(原判決一二丁目裏八行目から一〇行目)が、これらの事例においても、不法侵入者が自衛隊員に変装するなどして営門から侵入した事例あるいは自衛隊員を殺害した事例は皆無であつて、本件のような態様による侵入及び殺害行為は、当時の状況としては全く予見可能性がなかつたものといわなければならないのである。まして、原判決が認定する過激派活動家の自衛隊駐とん地以外における活動状況からは、本件事案のような態様の不法侵入及び動哨中の自衛隊員殺害を予見することは不可能であるというべきである。

3 次に、原判決は、「もとより、動哨は不法侵入者に対する警備を重要な任務とするのであるから、不法侵入者が営門より侵入しても、また、フエンスを越えて侵入しても、ひとしく誰何して排除すべきであるが、自衛隊幹部の制服を着用して堂々と営門より侵入してきた場合には真偽の見分けが困難であり、動哨がその職責上危険に遭遇せざるをえないからといつて、国の営門出入管理に関する安全配慮義務がなくなるわけではない。」(原判決一九丁表九行目から同裏四行目)として、「自衛隊幹部の制服を着用して堂々と営門より侵入してきた場合」は、動哨勤務者にとつて特に危険であるかのように判示しているが、不法侵入者が自衛隊員に変装して侵入するのは、営門から侵入する場合に限られるものではなく、フエンスを越えて侵入する場合もあり得ることであり、また、自衛隊駐とん地内には制服を着用していない自衛隊員も多数存在するので、侵入者が自衛隊員に変装していない場合であつても自衛隊員であるか否かの真偽の見分けが困難なことに変わりはないのである。したがつて、「自衛隊幹部の制服を着用して堂々と営門より侵入してきた場合」に限つて動哨勤務者にとつて特に危険な状態が生じるものであるとして、このような侵入を特に防止しなければならない安全配慮義務があるとすることはできないのである。そもそも、動哨は、第一審判決が認定しているように、駐とん地内の規律維持のほかは主として外部からの侵入に備えるためのものであつて、動哨勤務者の安全のために営門警備を特に厳重にしなければならないなどというようなことはおよそ考えられないところである。

そして、具体的状況により動哨勤務者の生命、身体の安全を特に保護しなければならないような事態が生じた場合には、当該具体的状況に照らして予見可能な危険に対応して個別的、具体的な安全策が決せられるべきであり、特段の事情のない限り、通常の警備態勢以上の措置を講じなければならない法的義務はないというべきである。

4 また、原判決は、「本件駐とん地司令は、本件事故前自衛隊上層部から、過激派活動家の侵入ないし襲撃に備え、警備を厳重にするよう示達を受けていた」(原判決一三丁表六行目から八行目)と判示する。

しかしながら、原判決は、右「示達」の時期、発布者、内容等について何ら具体的な判示をしていないのであつて、右「示達」が本件事故のような危険を具体的に想定してなされたものかどうか明らかではない。原判決が、右「示達」をもつて当時の社会情勢の不穏ひいては本件事故についての上告人(駐とん地司令)の予見可能性を裏付ける資料としようとするのであれば、「示達」の内容について具体的に判示すべきであり、これを欠いた原判決には理由不備の違法がある。ちなみに、一件記録によつても、右「示達」が本件事故のような個々の自衛隊員に対する具体的な危険を想定してなされたことをうかがわせる資料は存在しないのであつて、右「示達」は、自衛隊施設の一般的な警備を強化するという観点からなされたものと推察されるのである。

なお、付言するに、原判決は、戦術の専門家である駐とん地司令としては、本件侵入を予想すべきであつた(原判決一七丁表三行目以下)と説示しているが、自衛隊は「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当る」(自衛隊法三条一項)ものであつて、本件のような過激派活動家の犯罪を捜査し、そのための情報を収集することを専門とする警察とは異なるし、我が国を攻撃する外国軍隊に対し、これを防衛する戦術の専門家ではあつても、過激派活動家のゲリラ行動に対処する戦術の専門家ではないのであるから、原判決の右説示は全くの的外れというほかはない。

5 以上により、一場士長の公務遂行上の生命、身体の安全を保護するため、自衛隊幹部でない者が自衛隊幹部の制服を着用し幹部を装つて営門から不法侵入することがないように、特に営門の出入者の監視を厳重にするなどして通常の警備を超えた厳戒態勢をとるべきであつたとし、これをもつて上告人の安全配慮義務の内容をなすものとした原判決には、理由不備又は安全配慮義務についての法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二 次に、原判決は、警衛司令を履行補助者とする上告人の安全配慮義務について、「およそ駐とん地警衛勤務者は、前記警衛に関する陸上自衛隊服務規則六二条三項等の規定及び指導された警衛方法を順守、活用し、不法侵入者の発見、阻止に努めるべきであり、本件事故当時、本件駐とん地正門警衛勤務者は、営門出入者の取扱いとして、制服、制帽、階級章によつて幹部自衛官及びその随従者と認めた場合に、徒歩であるときはそれらの者に身分証明書の提示を求めて身分確認を行うことまで要求されていなかつたとしても、新井及び島田の同乗してきたレンタカーが本件駐とん地各部隊等所属以外の部外車両であり、駐とん地内使用許可証または車友会発行のステツカーを掲示しておらず、また、前後のナンバープレートの番号が違い、後部のプレートが折曲げられている等入門時刻とあいまつて不審の点があつたのであるから、新井らに身分証明書の提示を求めて身分を確認し、かつ、右レンタカーを点検し、陸上自衛隊服務細則一三四条一項九号所定の部外車両出入記録簿へ記入すべき注意義務があつたにも拘らず、これを怠つたものであり、右警衛勤務者は、直近の上司である本件警衛司令の指揮下にあつたものであるから、右警衛勤務者の注意義務の懈怠はその指揮者である本件警衛司令の注意義務の懈怠に基づくものといわなければならない。」(原判決一七丁裏九行目から一八丁裏四行目)としている。

1 右判示によれば、原判決は、本件警衛司令を履行補助者とする上告人の安全配慮義務について、警衛勤務者の職務上の注意義務を判示した上で、「警衛勤務者の注意義務の懈怠はその指揮者である本件警衛司令の注意義務の懈怠に基づくものといわなければならない。」と説示するのみで、右警衛司令を履行補助者として上告人が負うべき安全配慮義務の具体的内容については何らの判示をしていないのである。したがつて、原判決には、この点において理由不備の違法があるといわなければならない。

2 仮に、原判決は、警衛司令が、その指揮下にある警衛勤務者に対する指導、監督を懈怠したことをもつて安全配慮義務違背があるとしたものであるとしても、原判決には理由不備の違法が存するものである。

すなわち、本件における安全配慮義務は、前記一1において指摘したとおり、本件事故当時、一場士長の被るべき具体的危険に対する措置として上告人がいかなる義務を負担していたかが明らかにされなければならないところ、原判決が判示するところは、本件警衛勤務者には〈1〉新井らに身分証明書の提示を求めて身分を確認し、〈2〉レンタカーを点検し、〈3〉自衛隊服務細則一三四条一項九号所定の部外車両出入記録簿へ記入すべき注意義務があつたとするにすぎないものであつて、本件警衛勤務者にそのような義務があるとしても、これは、もとより、警衛勤務者が一般的に負つている職務上の義務にすぎないものであつて(東京高裁昭和五五年二月二八日判決・判例時報九六一号七五ページ、同昭和五五年一一月一九日判決・判例時報九八七号三八ページ、同昭和五五年一二月一五日判決・判例タイムズ四三八号一一七ページ、東京地裁昭和五六年九月三〇日判決・判例時報一〇二九号八三ページ等参照)、一場士長の被るべき具体的危険に対する措置として生ずる注意義務ではないのであるから、右警衛司令が右警衛勤務者に対する指導監督を懈怠したことがあつたとしても、これをもつて、安全配慮義務違反を問うべきものとはいえないのである。

もとより、第一審判決が正当に指摘するとおり、「本件事故発生当日、警衛勤務者を増員し、通常単独勤務の動哨を複数人にする等」(第一審判決二七丁表二行目から三行目)の措置を講ずべき事情が存しなかつたことはいうまでもないところである。

しかるに、原判決が認定した警衛勤務者の注意義務は警衛勤務者がその職務遂行上本来的に負つている職務上の義務であつて、安全配慮義務とは次元を異にするものであり、またこれに対する警衛司令の指揮監督義務も指揮者としての職務遂行上当然に負つている職務上の義務であつて、公務の支配管理という立場からする安全配慮義務とは異なるものである。

3 そして、本件においては、前記一において述べたように、特に営門警備を厳重にしなければ、一場士長の職務遂行上生命に危険が生じるというような具体的状況は認められなかつたのであるから、警備司令の職務上の指揮監督義務を安全配慮義務として観念しなければならない事情はなく、もしこれを安全配慮義務としなければならないというのであれば、その具体的理由を示すべきであることはいうまでもない。

4 以上により、警衛勤務者あるいは警衛司令の職務上の注意義務をもつて上告人の安全配慮義務であるとした原判決には、理由不備の違法があり、かつ安全配慮義務について法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二 原判決は、本件不法侵入を看過した注意義務違反と本件事故との間に因果関係があるとしているが、この点は、因果関係に関する法令の解釈適用を誤つたものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決は、「新井らが本件駐とん地内に侵入することがなければ、本件事故が発生しなかつたことは、明らかである。」(原判決一九丁表二行目から三行目)とか、「本件において、自衛隊の制服及び階級章を着用して自衛隊員になりすまし不法に入門しようとした新井らに対し身分証明書の提示を求め、かつ、同人らが乗車してきたレンタカーを点検し、その車両番号を記録するなどの取扱いをしておれば本件事故は未然に防止することができたものと認められるのであり、本件事故は、本件駐とん地司令が本件駐とん地の警衛方法を策定、命令する上において、また、本件警衛司令が既に定められている警衛方法を実施する上において、前記のような注意義務の違反があつたため誘発されたものと認めるのが相当である。新井らの行為が犯罪を構成することの故をもつて右注意義務違反と本件事故との間の因果関係を否定するのは、相当でない。」(原判決一九裏四行目から二〇丁表四行目)などと判示して、本件不法侵入を看過した注意義務違反と本件事故との間の因果関係を認めている。

しかしながら、原判決の右判示は、過激派活動家の不法侵入が本件事故の一つの因子になつているということ、すなわち、自然的因果関係があるということを認めたにすぎないものであつて、このような自然的因果関係があるからといつて安全配慮義務違反の責任を認めることは許されない。

すなわち、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を肯定するためには、当該義務違反によつて生ずる結果が経験則上当然に予見し得るものであること、すなわち当該義務違反と結果発生との間に相当因果関係が存することが必要であると解すべきものである。

しかるに、本件事故は、前述したように、極めて異常なものであり、本件駐とん地に不法侵入した過激派活動家が本件のような異常な犯行をじやつ起するに至るには様々な偶然の因子が関係しているのであつて、本件のような異常な事故の発生を右不法侵入自体から予見することは経験則上不可能なことであるというべきである。

以上のように、本件事故の発生と不法侵入との間に相当因果関係を認めることはできないにもかかわらず、原判決は、前記のような自然的因果関係を認めただけで上告人に安全配慮義務違反の責任を負わせたものであり、原判決の右判断には因果関係に関する法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。 以上

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